THE MOVIE

Posted on 8月 29th, 2008 in by 兵庫県社会福祉士会

ここでは、ひよこ通信の THE MOVIEのコーナーで紹介された映画を、抜粋してご紹介していきたいと思います。

■ひよこ通信 2007年 秋号

   某新聞の【誠実さについて考えたい人にオススメ】の記事が目にとまり、見に行ってきました。
 あら筋は、ガラスと鉄骨の高層ビルの冷たさが目を射る非常の街で夜、警備会社で働く友人も恋人も見守る家族もいない孤独なひとりの男がいた。トレーラー車でソーセージ屋を営む女だけが彼を見つめていたが、その店のあかりは彼の眼には入らなかった。
 ある日、彼の「犬のように従順でロマンチックな馬鹿」な性格を見抜いたマフィアが彼のもとに女性を送り込んだ。男は恋におち、胸にひかりが舞い込み、職業訓練校で経営を学ぶ。銀行へ融資を受けるため相談に行くが侮蔑のまなざしを向けられる。パブの前に1週間もつながれたままの犬を不憫に思い、飼い主のもとにのりこむが、殴られ雑巾のように放り出される。それでも、彼の胸は女への愛にあふれていたが、彼が警備する宝石店の宝石盗難に利用され逮捕される。職業柄、男は口が固く、自分を裏切った女の名前さえ告げない。一度信じ、愛したものに対して彼が裏切ることは決してなかった。服役を終えた彼は、生きにくい社会で誠実さを失わずにささやかな希望をもって暮らしていくが、マフィアの男に悉く踏みつけられてしまい、復讐を試み、あっけなくマフィアの手下にのされてしまう。ラストシーンまで、ずっとひとりぼっち。しかし、ラストシーンですべてが変わる。絶望から希望へ! (松田 順子)

■ひよこ通信 2007年 夏号

   ロッキーシリーズの映画、懐かしさで夫と二人で観に行きました。まず驚いたのが、会場(観客)の6割強を中高年が占めていました。30年前のシリーズ1作目をリアルタイムで見た世代の方々でしょう。観客や私たち夫婦も、自分自信の人生とオーバーラップさせていたのかもしれません。
ストーリーは、ボクシングのチャンピオンを引退後60才になり、再びボクサーに復帰し、なおも自分の可能性や夢を諦めないで挑戦していく話です。その中で卑屈となっている息子は、「お父さんは世間の笑いものだ!」なんて言ってみたものの、ひたむきに頑張る父親に感動し、仕事をスパっとやめてセコンドにつきます。ロッキーは身体を鍛えるがやはり60歳!!それでもリングに上がります。
 試合はみんなの予想通り判定で負け。まわりから「無理だ」と言われたロッキーの姿は、団塊の世代のお父さんたちや、自分の将来が見えない若者たちに向けて、「がんばれー!」という映画です。終わって劇場の照明がつくまでずっと席にいました。この映画で登場する息子は、今を生きる私たち自身のような気がして、ロッキーの言葉が一つ一つ沁みてくるように感じました。
 スタローンの、人生の中で抱えてきた色んな葛藤が、この映画の中に込められていて、素直に表現されていたと思います。逃げないこと、挑戦すること、諦めないことをスタローンは身体を張って伝えたのではないでしょうか。あの歳で、あの身体を作り上げた意気込みと情熱には頭が上がりません。どれだけ他に非難されても、自分を表現することから逃げなかった魂が伝わってきます。
 身体は歳をとっても夢は歳をとらない人間になっていきたいと、心から思いました。高齢者や障害者すべての人たちが、自分の可能性を信じて努力して夢を諦めないで、生活の中に希望や楽しみを見つけ、安心した生活がおくれる地域社会ができるまで、ファイティングポーズで仕事を続けたいと思います。(大庭 光子)

 

■ひよこ通信 2007年 春号

   私が紹介させていただくのは、私が生まれる10年前(1958)に製作され、ヴェネチア映画祭グランプリを受賞した『無法松の一生』である。
私は、地域包括支援センターの地域活動の一環として、18年度より『懐かシネマ』として地域の方々(高齢者中心)対象に映画会を2ヶ月に1回開催している。100インチを超えるスクリーンを設営し、50人以上で鑑賞する。そこで、この作品を昨秋に上映した。月に1回以上映画館に行く私は、最近の映画はほとんど観ているのだが、ビデオ嫌いであるため、実はこの映画をしっかりと観たことがなかった。(選んでおいて無責任な・・・)
明治時代の北九州・小倉を舞台に繰り広げられる、人力車夫・富島松五郎(三船敏郎)の生き様と、陸軍大尉の未亡人(高峰秀子)とその息子との人間的な触れ合い、そして、未亡人への秘められた思慕の情がみずみずしく描かれている。ファシズムの時代の中で、無垢なる正気の一徹さを貫く松五郎の姿が、心を強く打つ。
最近の映画のように画像の美しさやテンポの良さはない。しかし、一つ一つのシーンでゆっくりと気持ちを重ねることができ、イマジネーションで泣ける、素晴らしい映画であった。仕事も忘れ、参加者の高齢者とともに涙した。
相手の考え、気持ちの変化、伝えたい本当の気持ち・・・それらを感じるとることは、私たちの仕事に直結したことである。主人公の想いにどこまで近づけただろうか。(段 真奈美)

■ひよこ通信 2007年 新春号

   どちらかと言うと、ルキノ・ヴィスコンティの映画の様な、古い世界の映画が好きなのですが、“プラダ”とBGMに惹かれて、ついつい見に行ってしまった映画です。ジャーナリスト志望の女の子(アン・ハサウェイ)が、何を取り扱っている雑誌かもよく知らず、超一流のファッション誌編集長(メリル・ストリ―プ)のアシスタント募集の求人に、夢への第一歩になると面接を受け、通ってしまう。業界のことを何も知らず、編集者である自分は、ファッションに無関係で着ている物も、メイクも、ヘアスタイルにも無頓着でいいと思って仕事をしていた。編集長は公私問わず24時間体制で、彼女に無理難題・・・例えば、自分の子供のために出版前の“ハリー・ポッター”の最新刊を入手しろだの・・・を突きつける。彼女は、あの手この手を尽くし、いろんな人に助けられ、無理難題をクリアしていく。一方で、ファッション誌の編集者たるもの作り手、作品に理解がなければならないと、自ら最新のファッションを身に付け、知識もつけていく。「何で私ばかりがこんな理不尽な目に遭うのか。」と、仕事をしていれば(ケアマネをしていれば)何時も思うことですよね。そして、日々の仕事に追われ、自分の原点を見失ってしまう事もありがちですね。・・・次第に編集長に認められ、仕事も順調に行き始めた頃、恋人との仲が、うまく行かなくなっていく、会社という組織の権力闘争を垣間見て疑問を抱く。「私は何になりたかったのか。」「私を支えてくれる大切な人は誰なのか。」 最後はもう一度原点に返っていく。しかも、女としても仕事人としてもずっと成長して。

頑張っているあなた、頑張っているのに認められないと落ち込んでいるあなたに観ていただきたい、共感できる映画だと思います。

ダサい太った女の子からどんどん洗練された凛とした女性に変わっていくアン・ハサウェイが素敵で、自分の顔も省みず、彼女のメイクを真似をしている私。そして自分へのクリスマスプレゼントにプラダのバッグまで買ってしまいました。

(清水 敦子)

■ひよこ通信 2006年 夏号

   この映画は、アメリカ、ニューヨーク、ブロードウェイの舞台でトニー賞を取った「プロデューサーズ」を映画化したものです。興行が大成功に終わると配当が高く付くが、失敗に終わったら、かえって大もうけになる?と言う「やましい」発想の元、「最低の脚本」を選び、「最低の演出家」を探し、「最低の出演者」を集める過程が面白おかしく描かれています 怪しげなプロデューサー(ネイサン・レイン)が純真な会計士(マシュー・ブロデリック)を悪の道に引き込むのですが、歌といい踊りといい、それは楽しいのです、英語も解り易い英語で(字幕付で聴くとね)「I can’t~」と歌います。映画作りの資金は、町中の老婦人からのいわくありの寄付金で賄って…。

 演出家は酷い演出で評判の高いゲイのコンビ(ゲイリー・ビーチとロジャー・バート)、女優志願(ユマ・サーマン)は際どい台詞で大柄な体を画面一杯に踊ります、都合の悪い時は言葉がわからない振りをしたり…ヒットラー狂いの脚本家(ウィル・フェレル)はナチ党員の格好で鳩小屋の掃除をしますが、オーディションでは見事な踊りを発揮します。

 出てくる人物は皆変!!!コレでもかコレでもかと怪しく歌い踊ります、役者揃いで息がピッタリ合って、目の前で生の舞台を見ているようです。

本場のミュージカルの迫力! 陽気なアメリカ人が作ったらしく「歌と踊り」を心から楽しむ映画なのです♪

そう、私は始めから終わりまで笑いっぱなしでした♪♪♪

(中村 素子)

 

■ひよこ通信 2006年 春号

   最近見た映画の中でよかった映画は、「歓びを歌にのせて」という映画です。 この映画は、一人の天才指揮者が体調を悪くして故郷の村に帰り、隠居生活を送る中、教会のアマチュア・ゴスペル隊の指揮をすることになります。出てくる登場人物は、私利私欲に傲慢な男性、恋愛に溺れている女性、太っていることをいつも馬鹿にされて劣等感を持ち続けた男、主人公の指揮者を教会に招いたものの、自分より評価が上がっていくことに苛立ち・ねたみを持つ神父など悩みを持った人物が登場します。主人公の指揮者も、この故郷は幼い頃にいじめに遭った場所で、実際にいじめていた同級生が今もその村で生活を送り、その妻に暴力を繰り返している・・・そういった現実に持っている人間の悩み、欲望、問題を「歌」というテーマをもとに、実に生々しくリアルに映し出しています。そういった悩み、欲望、問題を持った人たちが「歌」を通して気づき、悩み、お互いに激しくぶつかり合いながら、分かち合っていく様が必見です。

 こういった「ミニシアター」は公開期間や場所が限られていますが、ぜひお出かけください。お勧めです。

そのゴスペル隊が日々の練習、地元のコンサートや世界大会のコンサートまでの設定で流れるのですが、内容はとても濃いものでした。

(森本 達也)

■ひよこ通信 2005年 秋号

   1990年の作品である。西山正啓監督。小室等が音楽、渡辺篤史がナレーションを担当している。私は当時、知的障害の指導員をしており、保護者、利用者、職員と共に鑑賞させていただいた思い出の作品である。 今となっては、記憶は不確かなのだが、登場の利用者さんが「情けない」と口癖のようにおっしゃっていたこと、福祉施設職員の地道な雰囲気、信楽の街と利用者さんの協働的な関係など、心に残っている。確か、職員の方で北岡賢剛氏の支援が紹介されていたと思うが、その後、支援センターの構築や滋賀県の事業団で、また全国的にも活躍されている。 さて、その「情けない」のことばなのだが、その利用者の方は、故池田太郎先生の墓参りの際に、そのようにおっしゃっていたことを思い出す。何に対して情けないのか、自分なのか、社会なのか、師匠である先生に対してなのか。そのことは今でもあまりわからないが、先生との縁を引き継いでいる利用者さんが、先生との別れを心でつなぎとめようとしている世界を感じる。形なき縁のバトンタッチとでも言えるのであろうか、そんな風がこの映画では吹いているように思える。また色々と行動の難しい利用者の方との関係性を大切にしている事例紹介などもあったように思う。

 実は私も学生時代、1976年頃に、知的障害児の信楽学園、者の青年寮、通勤寮、下宿屋(現在のグループホームの原点)等で実習させていただいた思い出がある。

暑い中、青年寮周辺の草刈をされていた池田太郎先生に出会った。青臭い私に、「実践される日が楽しみです。」とおっしゃっていただいた。私のノートに「求道無限」ということばをいただいた。
(井土 睦雄)